大判例

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東京高等裁判所 平成8年(ネ)2604号 判決 1997年2月20日

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

控訴棄却

第二  事案の概要

一  本件は、自己の不貞につき有責である夫から妻に対し離婚を請求する事案である。原判決がこれを認容したので、妻である控訴人から不服申立てがあった。

二  事案の概要として、次のとおり付加訂正するほか、原判決「第二事実の概要」のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の訂正)

1 原判決二枚目裏一行目の「それ以来、原告が被告と同居したことはない。」を削る。

2 原判決二枚目裏六行目から九行目までを次のように改める。

「原告は、被告が昭和五一年に東京に帰った後、福岡県〇〇市に乙山松子名義で自宅を購入し、ここで松子と生活するようになった。」

3 原判決二枚目裏一〇行目の「昭和五一年頃」を「昭和五五年に」と改める。

4 原判決三枚目裏六行目の「現在の送金額は毎月三〇万円である。」を「平成八年五月までの送金額は、一ヶ月当たり三〇万円であったが、その後送金を中断している。」と改める。

(控訴人の当審における主張)

原判決は、控訴人と被控訴人は、長期間別居し、その別居の当初から夫婦としての愛情がなく、形骸化した夫婦関係が続いていたにすぎないと認定し、離婚により控訴人が被る影響は回復可能で、離婚により控訴人が過酷な状態におかれることはないとして、被控訴人の離婚請求を認容した。しかし、これらの認定は、事実を誤認したものである。被控訴人は、松子との同棲を始めた後も、控訴人を妻として遇し、控訴人も被控訴人を夫として受け入れ、相互の間に夫婦としての心の交流があったものである。そして、被控訴人は、赴任先から原判決別紙物件目録一記載の土地上にあった旧自宅又はその後に建て替えられた同目録二の居宅(以下これらを「東京の居宅」という。)に月に何回も帰宅していたのであるが、その際は、控訴人が妻として被控訴人の食事や身の回りの世話をし、被控訴人は、家族の前で父や夫として振る舞い、家族もこれを受け入れていたのである。これは夫が遠隔地に単身赴任している場合にみられる夫婦共同生活の一つの形態であって、別居には当たらない。そして、被控訴人のように赴任先に同棲している女性がいても、東京の居宅では妻との共同生活が続き、妻との間に心の交流がある場合に、夫が自分の気が変わったからといって、突然離婚を求めても、妻である控訴人としては、これを受け入れることはできないのであり、これを堪え忍ぶように求める原判決には、承服することはできない。

(被控訴人の当審における主張)

被控訴人は、所用の際には時折上京し東京の居宅に宿泊したが、それは、控訴人との別居開始後一〇年以上も経過して後のことで、控訴人との夫婦関係が冷却し他人同士の関係となった後に、控訴人といささかの交流を持ったにすぎない。そして、そのような交流を持ったものの、被控訴人は、その生活の本拠は松子と住む家にあると考え、東京の居宅を生活の本拠と考えたことはない。したがって、本件における控訴人との別居は、なんら通常の別居と異なるところはない。そして、被控訴人は、松子との家庭生活を今後継続する意思があるが、同人と離別して控訴人との家庭生活を再開する意思はなく、訴訟まで起こして離婚を望んでいるのであり、控訴人との婚姻は完全に破綻している。被控訴人のように有責の配偶者でも、長期間の別居があり、婚姻関係が破綻している以上、離婚請求を認容すべきであり、別居中のいささかの交流を理由に、これを棄却すべきではない。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所は、控訴人と被控訴人の夫婦としての関係は、最近に至るまで形骸化することなく継続していたものと認められ、不貞につき有責である被控訴人の離婚請求は、その要件を欠き、認容することができないものと判断する。

その理由は、つぎのとおりである。

原判決の挙示する証拠及び当審における当事者双方の本人尋問の結果によると、原判決が、「第二事案の概要」の一で認定した事実(ただし、前記の訂正後のもの)のほか、次の事実を認めることができる。

1 昭和五一年に被控訴人が、松子と赴任先の福岡県〇〇市で同棲を始めた際は、控訴人に対して、松子に夫婦のまねごとをさせれば、それで満足するからといって、控訴人を東京の居宅に帰らせた経緯があり、被控訴人は、その当時から控訴人との離別を望んでいたものではないこと。

2 被控訴人が松子と同棲していることに対して、控訴人としては、当初は被控訴人のやり方に怒りを覚え、被控訴人を激しく非難することもあったが、自分に心を寄せ、妻として遇しようとする被控訴人を許す気持もあり、次第に現実をそのまま受け入れる考えとなり、松子との同棲の解消を被控訴人に積極的に求めることはしないようになったこと、被控訴人は、控訴人のこのような態度に便乗して、松子との同棲を継続する一方、控訴人に対しても最近に至るまで離婚を求めたことはなく、事態の解決のための積極的な行動に出ていないこと。

3 被控訴人は、松子と同棲した昭和五一年以降つい最近の平成六年まで、月に何度も上京し、その際には東京の居宅で宿泊し、控訴人から食事や身の回りの世話を受け続けていたこと、東京の居宅には控訴人の手によって、被控訴人の衣類など生活用品が整えられていて、被控訴人は、家族の一員として待遇され、また、単身赴任先から戻ってくる夫であり父である者として、控訴人ら家族に接していたし、家族もそれを当然のこととして受け入れていたこと。

4 被控訴人は、昭和五一年以降も平成六年まで、東京の居宅で、控訴人及び息子などの家族とともに新年を祝い、さらに平成二年頃までは、新年に昔の部下を東京の居宅に呼んで、「甲野学校」といわれる昔の部下との親睦の会を重ねてきたが、その世話は、控訴人が行ってきたこと。

5 被控訴人と控訴人とは、被控訴人が松子と同棲しているなどの状況を、勤務先は勿論親戚知人を含めて他人に知られないよう互いに秘密の厳守に努めてきたが、それは被控訴人が職業生活など社会的な活動において栄達するのに、障害となることを恐れたからであったこと、そして、控訴人には、被控訴人の社会的な栄達を自分自身の喜びとする夫に対する愛情があったし、被控訴人も、その愛情を頼りとして、社会的活動に専念して栄達を遂げてきたのであって、そこには、妻のみの愛情の発露だけではなく、夫にもそれを受け入れる気持ちがあったものであること。

6 被控訴人は、このような控訴人の愛情に応える意味も込めて、折にふれて控訴人に贈り物をし、控訴人の旅行の際には小遣いを与え、そろって映画見物や食事をし、控訴人からの贈り物に礼状を出し、控訴人をねぎらうなどの行動をとっていたこと、そして、それらが控訴人の心の支えとなっていたこと。

7 そして、被控訴人が控訴人に対して離婚を求めるようになったのは、被控訴人が社会の一線を退いた平成六年になってからであり、同年五月に離婚を求めて調停を申し立てたが、その後も交流が途絶えたものではなかったこと。

右のとおり認められ、夫婦間の交流が長期間途絶えていた時期があったとか、長期間にわたって被控訴人が控訴人に対して離婚を求めていたという、被控訴人の主張事実を認めるに足る証拠はない。

被控訴人は、これまでの控訴人との関係は、破綻した夫婦関係であり、他人同士の関係と同視すべきものであるという。たしかに、被控訴人と松子との同棲期間は、二〇年の長きにわたっている。しかしながら、右に認定した事実をもとに検討すると、被控訴人と控訴人との関係は、夫は赴任先において妻とは別の女性と同棲し、妻も事実上これを認めているが、上京の度に夫は妻や子どもの住居へ帰り、そこにおいては夫とし、父として遇されており、夫婦共同生活は家庭的にも社会的にも従前同様に継続していて、両者の夫婦関係は、いまだ形骸化していないものと認められるのであり、この認定判断を左右するに足る証拠はない。

そして、現状を続けることは、被控訴人にとっては不満ではあろうが、被控訴人の生活に不便をもたらすわけではないし、被控訴人の社会的評価においても、特に問題視すべき状況が発生するとも考えがたい。控訴人は、被控訴人に対する愛情の発露として、被控訴人の社会的な評価が低下しないことを望んできたし、将来ともそのことを念頭に置いて行動することを約束している。また、将来被控訴人が病臥するようになったときには、妻として被控訴人の世話をしたいと申し出ている。

ところで、夫婦関係が形骸化し、それが長期間に及んでいる場合に、不貞などの有責性が一方当事者にあることのみを理由に、形骸化した夫婦関係を継続することを強制し得ないことは、被控訴人主張のとおりである。しかしながら、本件の事実関係はそれとは異なり、被控訴人と控訴人の夫婦関係は、問題を含みながらもそれなりに安定した関係として長期間継続してきたのであって、不貞のため有責である配偶者の離婚請求を正当とするほどの夫婦関係の長期間の形骸化の事実は認められない。

のみならず、被控訴人が社会的活動に専念できたのは、被控訴人の裏切りに耐え、被控訴人の社会的立場に配慮し、被控訴人に対する愛情を優先して対処してきた控訴人の貢献によるところが大きいというべきである。このような控訴人の態度は、被控訴人が社会的活動をするうえで好都合であり、被控訴人は控訴人の寛大な態度に甘えてきたということができるのであるが、被控訴人が社会の第一線から身を引いた現在に至って、それなりに安定した関係となっている控訴人との関係を離婚によって清算しようとするのは、身勝手な態度と評されてもやむをえないもので、控訴人に対する信義を著しく破るものといわざるを得ず、許容することができないものというべきである。

以上の次第であって、被控訴人の本件離婚の請求は、これを認容することのできないものといわざるを得ない。

二  よって、被控訴人の請求を認容した原判決はこれを取り消し、被控訴人の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今井 功 裁判官 淺生重機 裁判官 田中壮太)

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